大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)1445号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、引用の判例はいずれも事案を異にして本件に適切でなく、同第二点は、単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、以下に述べるとおり、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない。

本件公訴事実の要旨は、

「被告人は、川崎民主商工会事務局員であるが、

第一、昭和三八年九月一一日、川崎市東渡田一丁目一一番地木型製造業福岡和彦方において、川崎税務署所得税第二課第一係長収税官吏小沢二郎が、右福岡に関する昭和三七年分所得税青色申告に関する調査のため、帳簿、書類その他の物件の検査をしようとするのに対し、右小沢の面前に立ち塞がり、顔を同人の顔面に近づけ数回に亘り大声にて『帰れ』と怒鳴りつけて之を妨げ、

第二、福岡とし子と共謀の上、同年同月一七日、前同所において、前記小沢二郎が前記第一記載の如き検査をしようとするのに対し、同人の面前に立ち塞がり、顔を同人の顔面に近づけ大声で『又来たのか、早く帰れ、何度来たら判るのだ』などと怒鳴りつけて之を妨げたものである」

というのであり、一審裁判所はこれにそう事実を認定し、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下、「旧所得税法」という。)七〇条一〇号、六三条(第二の事実については、なお刑法六〇条)を適用して、被告人を罰金二万円に処したところ、被告人からの控訴に基づき、原審は、右一審判決を破棄し、被告人に無罪を言渡した。その理由とするところは、

「旧所得税法七〇条一〇号の罪の構成要件をなす同法六三条の質問検査受忍義務違反の行為は、同条に定める受忍義務を負う者がこれを履行しなかった場合であり、これを換言すれば、同法七〇条一〇号はいわゆる身分犯を規定したものであって、同号の罪の主体となり得る者は納税義務者その他同法六三条が一号ないし三号において規定した受忍義務者のみであり、右の身分を有しない者は、身分を有する者と共犯関係にある場合は格別、それ以外においては右の罪の主体とはなり得ないものと解するのが相当であるから、その身分を有せず、また身分を有する者との共犯関係が認められない被告人の本件所為は罪とならない。」

というのである。

しかし、旧所得税法七〇条一〇号の定める当該帳簿書類その他の物件の検査を妨げる罪は、同法六三条一号ないし三号所定の者に対し、収税官吏による必要限度の検査を受忍すべき義務の履行を間接に強制しようとするものであることはもちろんであるが、これにとどまらず、適法な検査を保護し、検査の実効性を確保して、適正公平な課税権の行使に資し、税制の目的を達成するため、これに必要な限度で、ひろく一般人をも対象とし、公務執行妨害罪にいたらない程度の行為を禁じようとするものであって、公務執行妨害罪の補充的規定たる性格をも有し、同条各号所定の者の行為のみを処罰するいわゆる身分犯を定めた規定ではないと解するのが相当である。右七〇条一〇号の規定の文言に徴しても、同号が犯罪の主体につき、なんらの限定をも加えていないことは明らかである。もっとも、同号所定の行為のうち、検査を拒み、あるいは忌避する行為は、同法六三条一号ないし三号所定の者や、当該帳簿等を所持する者など、一定の身分のあるものをその主体として予想しているといえないこともないが、かりにそう解したとしても、それは、単に、その性質上、かかる身分を有する者でないとなしえない類型の行為が犯罪構成要件とされているというだけのことであって、なんぴとにおいてもなしうる類型の行為につき、特に右のような身分を有する者のみを処罰すべきことが定められているのではない。そして、検査を妨げる行為は、その性質上、なんぴとにおいてもなしうる行為であり、かつ、前記のとおり、その主体につき、法文上、なんらの限定も加えられていないのであるから、これをもって一定の身分のある者のみを処罰する趣旨であると解する余地は全く存しない。また、検査を妨げる行為が、たまたま、検査を拒み、あるいは忌避する行為と同一の条項に規定されているからといって、そのことゆえに、行為の性質上の差異を無視し、法の趣旨を没却してまで、これらを統一的に解釈しなければならないとすることもできないのである。

してみれば、右に反する見解を前提とし、よって被告人を無罪とした原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理を尽くさなかった違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことはいうまでもなく、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

そこで刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、当裁判所の前示見解に即してさらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である東京高等裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官色川幸太郎の公訴事実第一に関する反対意見および同第二に関する意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官色川幸太郎の公訴事実第一に関する反対意見および同第二に関する意見は、次のとおりである。

わたくしは、原判決中公訴事実第一に関する部分については、結論においてこれを維持すべきものと考えるのであって、多数意見にはとうてい賛成することができない。また同第二に関する部分については、これを破棄すべきものとする多数意見に結局同調するが、その理由を異にするのである。

第一 まず、わたくしは、旧所得税法が、その七〇条一〇号において、同法六三条の規定による検査を妨げる行為を犯罪としているのは、いわゆる身分犯を規定したものであると考える。その理由は次のとおりである。

一 旧所得税法六三条所定の収税官吏の質問検査権は所得の正確な捕捉と、これを基礎とする租税債権の適正な確定を目的として特に設けられたものであるところ、そのための質問、検査は同条各号所定の者および同法七二条一項所定の補助者(以下これを総称して「受忍義務者」という。)がこれに応じさえすれば実施することが可能であり、第三者の関与がなければ目的を達することができないというものではない。のみならず、かりにかかる第三者が収税官吏による検査を妨げようとしたとしても、受忍義務者において検査に応じさえすれば検査の実効は十分に確保できるのであるから、第三者の妨害行為を、別個独立の犯罪としてはともかく、検査妨害の点でこれを問題としなければならない必要があるとは考えられない。要するに、同条による検査の目的を達成するためには、受忍義務者の任意の協力を期待し、万一、協力がえられないときにはこれを処罰することによりその義務の履行を間接に強制すれば足りるのである(なお、青色申告の場合を除き、収税官吏が納税義務者の所得実額を調査、計算することができなかったときは、本件当時においても、同法四五条三項に基づき、いわゆる推計課税をすることができたのである。申告課税の建前からいえばもとより好ましくないことではあるが、それはそれとして、検査拒否などの行為により検査が不可能であるなど、やむをえない場合には、収税官吏はいわば最後のきめ手たる権限を行使することができたことも留意されなければならない。)。

結局、同法七〇条一〇号が検査を妨げる罪を定めている趣旨は、受忍義務者の義務違背を処罰することによってその義務の履行を間接に強制しようとすることに帰着するものというべく、行為の主体としては受忍義務者のみを予定する身分犯の規定であると解するを相当とする。

二 多数意見は、また、検査を妨げる罪は公務執行妨害罪に対し補充的性格を有するものであるとなし、そのことからこれをいわゆる身分犯ではないとしている。しかし、この罪が公務執行妨害罪とその性質を同じくする点があるとしても、そのことはこれが身分犯たることを否定すべき理由とは必ずしもならないであろう。

刑法各本条の定めるところによれば、暴行脅迫にいたらない単なる威力を用いての公務妨害の行為が公務執行妨害罪にあたらないことは明らかである。のみならず、その公務の性質が非権力的な、私企業と同様のものである場合を除き、右の行為は業務妨害罪を構成することもないとされているのである(昭和二五年(れ)第九八号同二六年七月一八日大法廷判決〔刑集五巻八号一四九一頁〕、昭和三一年(あ)第三〇一五号同三五年一一月一八日第二小法廷判決〔刑集一四巻一三号一七一三頁〕各参照)。公権力の行使に対する刑法上の保護が、この面において、私企業における経済的活動の保護に及ばないのは一見不合理のごとくであるが、もともと、権力作用においては、国ないし地方公共団体はその公権力の行使を担保するに足りる法律上、事実上の強大な力を有し圧倒的な優位に立つものであるから、暴行、脅迫があるならば格別、それにいたらない程度の反噬のごときを敢て公権力の行使に対する妨害をもって目するには足りないのであって、この点を考えればそれはむしろ当然であるということができるであろう。その見地から刑法は、公務の妨害が一定程度に達しないかぎり、とりたててこれを罰するには及ばないとしているのである。もっとも、さらに進んで、刑法は単にかかる消極的な態度にのみ終始しているわけではない、公権力の行使がともすれば行き過ぎを生ずることにかんがみ、これに対する一定限度内の国民の抵抗を容認しているのだ、と解する余地もあるかも知れない。しかし、それはともかくとして、権力的公務に対する妨害は暴行、脅迫にいたらないかぎり、たとえ威力を行使しても、刑法上違法でないとされている点に深く留意する要があるのである。

ところで、刑法各本条の趣旨は上述のとおりであるが、それだからといって、行政上の目的達成のために公務執行妨害罪にあたらない程度の所為を処罰する補充的な取締規定を設けることまでも原理的に否定されているわけではない。しかしながら右のごとき刑法の態度に照らし、かかる処罰規定を設けるためには、特別な根拠を必要とするものといわなければならないのである。これを本件に即し旧所得税法における検査を妨げる罪についてみると、わたくしは、一定の範囲の者に検査を受忍する義務が課せられている点にのみこれを求めることができるものと考える。すなわち、収税官吏の行なう所得税に関する調査につき、法は合理的な範囲内にある一定の者について検査受認の義務を負わせ、正当な理由なくしてその義務に反したとき、これに対し刑罰をもって臨むこととしているのであって、それは行政目的実現に対し協力すべき立場にあると定められた者の協力義務違反が非難に値するものとされているがゆえなのである。

はたしてそうであるならば、前示の義務を課せられていない第三者によって検査の妨害がなされたときにまで非難可能性を推し及ぼし、しかも妨害の方法、程度のいかんを問わず、受忍義務者による妨害と全く同じく、これを処罰することにはたして合理性があるかどうか、多く論ずる要はあるまい。なるほど検査の妨害が収税上の国家の法益を害する点においては、行為者のなんぴとであるかを問わず、同じであるにしても、受忍義務を有する者によってなされた場合と、全く関係のない第三者によってなされた場合とでは、受忍義務が設定された法意に鑑みるならば、倫理的、規範的に見て、その間に著しい相違がある筈である。公務執行に対する威力を用いない妨害はもとよりのこと、威力による公務執行の妨害すら刑法上の犯罪とされていないことをもあわせ考えたとき、第三者による検査の妨害もまた本件の犯罪を構成するという理論は、とうていこれを肯認し能わないのである。

三 以上のことはまた規定の形式からも知ることができるであろう。すなわち、同号は「検査を拒み、妨げ又は忌避した者」と規定しており、これらの行為の間になんらの区別をもしていないのであるから、その主体の範囲も統一的に理解することがもっとも自然であるというべく、そして検査を拒み、忌避する行為は、性質上、受忍義務者をその主体とすることが明らかであるので、検査を妨げる行為の主体もまた同様に解することが法文の趣旨にそうものというべきものなのである(なお、旧所得税法は昭和四〇年三月に改正され、検査を妨げる罪は現行所得税法二四二条八号に規定されている。同法条を見ると、旧法七〇条一〇号と異なり、かつて同条一二号、一三号に規定されていた不答弁の罪及び虚偽答弁の罪が包摂せられ、質問検査権にもとづく「当該職員の質問に対して答弁せず若しくは偽りの答弁をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ若しくは忌避した者」はひとしく一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処せられることになった。これによれば、答弁に関する罪と検査に関する罪とは全く同列に扱われているのである。そして、答弁をなさずまたは虚偽の答弁をする罪の主体が性質上、当然、一定の受忍義務者に限定されていると解すべきであるのはもちろん、前述のとおり、検査を拒み若しくは忌避する罪もまた同じく限定されていると解すべきであるのに、それにもかかわらず、ひとり検査を妨げる罪の主体のみについては、検査の受忍義務者でない第三者について同号の罪が成立するとするのはどう考えても無理な解釈であるといわざるを得ない。ところで、法の右改正が旧法の諸規定を単に整理統合をしたに過ぎないことは文言上からも明らかであり新たな罪を規定したものではないから、改正前の旧所得税法七〇条一〇号について前示のごとく解すべきことは、この点からも支持されるものと考える。)。

第二 次に、右のとおり旧所得税法七〇条一〇号が犯罪の主体として前記受認義務者のみを予定する身分犯の規定であると解する見地に立って原判決を検討する。

一 原判決は、右七〇条一〇号は同法六三条各号所定の者の行為のみを処罰する規定であり、同法七二条一項はかかる身分を有しない者の行為を右規定によって処罰することを定めるものではないとする。そして、このことを前提として、本件で検査に応ずべき義務がありしたがって右身分を有する者は事業の経営者たる福岡和彦のみに限られるものであるところ、被告人は右身分を有しないのみならず、公訴事実第二において共犯者とされている福岡とし子も右和彦の妻であり同人の事業の家族専従者として帳簿の整理、集金等に従事する従業者ではあるが、同様に右身分を有しないから右和彦との共犯関係が認められない被告人の本件各所為は、いずれも罪とならないというのである。

二 しかしながら、法人または人の従業者で同法六三条各号の身分を有しない者が、その法人または人の業務または財産に関し同法七〇条一〇号に該当すべき行為をしたときは、その従業者は同条号および同法七二条一項により処罰されることになるものと解すべきである(昭和三三年(あ)第一五一二号同三四年六月四日第一小法廷決定〔刑集一三巻六号八五一頁〕、昭和三七年(あ)第一五三九号同四〇年五月二七日第一小法廷判決〔刑集一九巻四号三七九頁〕、昭和四二年(あ)第二六八五号同四三年四月三〇日第三小法廷決定〔刑集二二巻四号三六三頁〕等参照。なお、原判決の引用する昭和二六年(あ)第二五〇四号同二八年八月一八日第三小法廷判決〔刑集七巻八号一七一九頁〕は、本件と事案を異にする。)。わたくしが前段において同法七二条一項所定の者を受忍義務者に含めたのも右の見解に基づくものである。

三 この観点から本件を見ると、被告人が旧所得税法七〇条一〇号の予想する犯罪主体たる身分を有しない旨の原審の判断は、単に同法六三条各号所定の者のみを身分者とし、同法七二条一項所定の者をこれに含めない立場をとる点において右見解に反するけれども、いずれにせよ、被告人は福岡和彦の事業に関して同法七二条一項所定の者にはあたらないというべきであるから、結局のところ、右判断は正当とすることができる。これに反し、福岡とし子は前掲原判示によれば右事業の家族専従者であって同法七二条一項の従業者にあたると解されるから、原判決が同女を同法七〇条一〇号の予定する身分の者でないとしたのは同法七二条一項の解釈適用を誤ったものといわなければならないのである。

第三 以上のしだいで、原判決のうち、単独犯行である公訴事実第一につき、被告人が旧所得税法七〇条一〇号の予定する身分を有しないことに基づいてこれを罪とならないとした部分はその結論において是認すべく、これを破棄すべきであるとする多数意見には賛同しがたいのであるが、同第二につき、被告人のみならず共犯者たる福岡とし子も右身分を有しないとしてこれを罪とならないとした部分は刑罰法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響することが明らかであって、原判決中この部分を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるからこの点の結論については多数意見と同一の結果となるのである。

(裁判長裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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